2012年11月21日

私達のお産8

生まれたすぐ、分娩台の上から
赤ちゃんの顔を見て、

あれ?! 誰かに似てる!
と思ったのだけど、

それはなんと、


よく考えたら、


自分でした。



そうだよね。笑。
自分ちの子だもんね。








☆☆☆☆☆☆☆☆


私は、いろいろとあって、
産後10日間の間、病院で過ごした。

産後3日目になってもベッドから全く動く事ができなかった私は、
本当に本当に、助産師さん達や看護師さん達にお世話になった。


すぐ隣の小さなベッドで赤ちゃんが泣いているのに、
電動ベッドのリモコンで起き上がるのがやっとで、
その度に、赤ちゃんの泣き声に気づいた看護師さんが来てくれたり。

完母希望の私に、出来るだけ母乳をあげられるようにと、
黄疸で別室に入った赤ちゃんの二時間おきの授乳に、車椅子で連れて行ってくれたり。

立っていられない私の体を拭いてくれたり、洗面台で頭を洗ってくれたり。



他にもいろいろと、本当に本当に、たくさんお世話になった。



だから、退院の日、
母子共に、無事に退院出来るようになれた事が本当に嬉しくって、
感謝の気持ちでいっぱいで、
涙がポロポロこぼれた。


私たちが出産をした病院は、比較的大きな病院だったので、
まわりには、病院での出産を必要とする妊娠さんも多かった。

双子ちゃんを妊娠している方、
持病をもった方、
赤ちゃんに心配のある方、
妊娠の状態に心配のある方、

「妊婦」とひとことで言っても、
それはそれはいろいろなかたちや、思いがあって、

でもみんな、
不安や心配、それ以上の愛おしさとともにお腹をさすりながら、
我が子を抱きしめるその日を、心待ちにしていた。



病院でのお産を選んだ、私達。

私達はこうして、
病院、助産所、家族、友人、ずくなしやまほうのしずくのみんな、そしてお客様たち、…etc
たくさんの方達に関わってもらい、見守ってもらい、助けてもらって、
無事にお産を終える事ができました。


はじめてのお産は、
私にとって、予想外の事がいっぱいだったけど、
とってもありがたいお産でした。


皆さん、
本当に本当に
ありがとうございました。












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Posted by れいちぇる at 10:04Comments(0)私達のお産

2012年11月19日

私達のお産7

あさひが生まれる前、
その日の朝、
私はクーヨンの日登美さんの記事を読んでいた。


『実は、一人目の子どもの出産の時、自然出産を希望していたんですが、できなかったんです。

それは、私が、自分自身の体について、あまりにも観えていなかったから。

日常をおろそかにし、「いのち」に対する実感が希薄だったんですね。』



うん。私も。



私はあさひがお腹に宿るまで、

この皮膚の外の私自身以外の世界と、

私自身の真ん中の真ん中で、宇宙さんと繋がる部分と、

そのふたつばかり観ていた。


食べ物や身の回りの物こそ、気をつけてはいたものの、


体に悪いであろう、
極端な時間の使い方、
それと、心の使い方。


そういう意味で、妊娠前の
私の日常は少々、
おろそかだった。

私自身もいのちであるという事、
体であるという事が、
あまり観えていなかったかな。

というか、にのつぎにしていた。


でも、私の体は、私だけの物では無くて、
未来に繋ぐ、大切な大切な
「いのち」を
宿す場所だった。



そう思ってみると、
あ〜、あの頃、ちょっと無理してたな…。とか、
あ〜、あの時、後先考えずに突っ走ってたな〜。とか、

心あたりがいくつかあって…

反省しそうになったけど、


あ〜、でも、私、
今までいろいろと、ま〜良くがんばったな♪って、
自分を褒めたくもなった。笑




続く☆









そういえば、体冷やすなと言われたそばから、
戸隠に湧き水を汲みにいった。。。臨月の私たち。
(でもいっぱい歩いて暖かかった☆)



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Posted by れいちぇる at 23:43Comments(0)私達のお産

2012年10月17日

私達のお産6

何か思い通りにならなかった時ばかり、
それを、「学びだ」と考えるのは、
私はあまり好きじゃないし、
なんか、めんどくさい。


私は、ここ、地球に、
学びに来たんじゃなくて、

いっぱい幸せを感じに、集めに、
来たんだと思う。



だから私は今日も、

もちろん色々とあるけれども、

苦行は特にしていない。


もし、この宇宙に、
神様がいるとしたら、
私はその人に会った時に言いたい事がある。

「あなた、結構、意地悪ですね。」








☆☆☆☆☆☆☆☆


入院二日目、
点滴で陣痛を促しながら、
「地球の上に生きる」を読んでいた。

私は、自宅の本棚からお気に入りばかりを詰めて、
トートバックが2ついっぱい、本を持ってきていた。


アリシアさんの絵を見ていると、
私もその暮らしの中に居るような感覚になれる。
今思えば、私はあの時、
病院の中で自分を見失わないように、
本を手にしていたのかもしれないな。



私は3日間、分娩室の前の陣痛室に居た。

私のベッドを囲ったカーテンの向こう側には、
いろいろなお産があった。



感動の対面をしたお父さんの、
少し照れた嬉しそうな声も聞こえた。

小さないのちが耐える事が出来ず、
泣き崩れているお母さんもいた。

生まれてすぐ保育器に入った我が子と離れ離れになって、
産後まもない体をおして、会いにいきたいとお願いしているお母さんもいた。

私よりも後に陣痛室に入ってきた妊婦さんが次々と、
産声とたくさんのおめでとうと共に外の世界へ出て行った。




私は、カーテンの中、
現実にいろんなお産がある事を目のあたりにした。


まだそこそこの痛みの波に耐えながら、私はふとんの中で丸くなっていた。
押し寄せてくる不安をまともに受けてしまって、
柄にも無く、丸くなって泣いていた。



あなたのタイミングでいいんだけれど、

好きなだけお腹の中に居てくれていいんだけれど、

どうか、




無事に生まれてきてください。








そして、入院三日目の夜。
その日、陣痛が始まってから12時間半。



あさひはやっと
生まれてくれた。



涙ぐんでる旦那さんと、
もうすでに筋肉痛になっていた私の横で、
なんだかケロっとしていた。



ただただ、


無事に生まれてきてくれて、


本当に本当に

ありがとう。










続く☆



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Posted by れいちぇる at 00:31Comments(0)私達のお産

2012年09月15日

私達のお産5

「羊水がかなり多いね。んー。」

超音波の機械をあてながら、
病院の先生は顔をしかめていた。

私のお腹は、羊水がかなり多めで、その原因は色々な場合がある。


赤ちゃんに何らかの原因がある場合もある。と。


病院は、
「もしかしたら」の場合の話しをよくしてくれる。

それは、
とてもとても大事な事。
それで本当に助かる事がある。
聞いてなかったじゃ困る。
何かあったら困る。


けど、
時に、
その「もしかしたら」が、

私をとても不安にさせる。

正直、私は一瞬、
不安に押し潰されそうになった。




でも、確かに、
お母さんにも、赤ちゃんにも、

何かあるかもしれないし、
何もないかもしれないし、

それは、起きてみないと、
私も、病院の先生も、


わからない。


わからないからこそ、
みんな、みんな、
私達を心配して、
最善を尽くそうとしてくれている。






よし。


予定変更!


今回は、
病院のお産を

楽しもう☆






そして
私達は、



病院でのお産を、
選らんだ。






入院の前日、
私は、助産所に電話をした。

ありがとうございました。頑張ります☆と、
伝えたかった。


助産所の先生の声を聞いたら、
何だかちょっと寂しくなっちゃったのと、
ありがとうも胸いっぱいで、
涙で溢れた。


私達に会えるのを
楽しみにしているよ、と
おくりだしてくれた。




それから、
タイでプライベートな自然出産をしてきた先輩ママ、カミュさんと、
生まれてきたあうらちゃんに、
会いにいった。

二人にあやかろうと。
神頼みでなく、カミュ頼み。笑

カミュさんとあーちゃんは、
大切にしていたおまもりを
私に託してくれた。

そしてなにより、
元気なあーちゃんがそこにいる。って事が、私にとっても大きな勇気をくれた。




いのちを授かるという事は、
それからずっと、
不安も心配も常につきもので、
私もそうやって、ここまで、
いや、まだまだ、
両親に、家族に、いろんな人に、
見守ってきてもらっているんだね。


あらためて、

ありがとう。



カミュさんが撮ってくれた、入院前日の私達



続く☆










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Posted by れいちぇる at 22:26Comments(0)私達のお産

2012年09月15日

私達のお産4

来てくれていた母もいったん帰る事になって、
私は、転がれそうなまんまるのお腹を抱えて、いろんなところへ出かけた。


本当にまんまる
地球のようだった。



お腹は本当に重かったけれど、
動く事が苦痛ではなかったし、
動く事で安産に繋がると聞いていたので、
はりきって動いていた。


予定日を翌週にひかえた晴れた日、
助産所のお散歩会に参加する事になった。

そこで予定日が近い妊婦さん二人に知り合ったのだけど、
私のお腹は
あきらかに大きかった。

それは、週数やもともとの体系の違いだけじゃなく、
大きかった。


お腹の中の赤ちゃんは、週数のわりに少し大きめではあったんだけど、
念のためにした糖尿病の検査も大丈夫だったし、
原因は、赤ちゃんの体質か、私の体質か、私の食べ過ぎか、とか言われていた。


お散歩会のあと、
心配した助産師さんが、電話をくれた。

やっぱりちょっとお腹が大きいから、念のために産婦人科にもう一度行ってみよう。と。


やっと、助産所でのお産が目の前にきたところで、
またまた、病院に行く事に。




私たちは、楽しみにしていた助産所で、
その日を迎えることができるのだろうか。

私は、何か、
間違ったマタニティライフを送っていたんだろうか?

そんなふうに少し考えながらも、


すべて、

起こることを受け入れること

流れにゆだねること

少し時間がかかったとしても。

と、もう一度自分に確認して、
病院へ行く
心の準備をした。




私達は、
助産所でのお産をとても楽しみにしていた。


旦那さんも、
母親学級や検診で何度か助産所を訪れていたので、
助産所の先生達や雰囲気が好きだった。
自分が汲んで来た湧き水を、産湯に使ってもいいですか?って聞くほど、
助産所でのお産を楽しみにしていた。



助産所の方達は、いつも
ゆっくりていねいにお話ししてくれて、
楽しみにさせてくれて、
お腹の中の赤ちゃんにも話しかけてくれた。

産むスタイルも、出産が始まってからの過ごしかたも、

どんな音楽で、どんなアロマで、誰と一緒で…

その人それぞれ、
いくらだって創造してイイってことも
教えてくれた。


助産所っていう場所は
病院とは違って、

妊婦の私にとって、
とってもとっても
ワクワクする場所だった。




続く☆


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Posted by れいちぇる at 07:57Comments(0)私達のお産

2012年09月13日

私達のお産3

「赤ちゃんは、
自分のタイミングで
ベストな時に生まれてくるんだよ。
もう性格もあるしね〜。

すべて、

選らんできているの。」

そんなふうに聞いていた私は、
張り止めの薬をひとつぶ飲むのがやっとだった。


それでも無事に安静が解かれて、
臨月に入れた私たちは、

安心とともに待ちくたびれて、
何だか拍子抜けしてしまった感じだった。


今思えば、私には、この、
「急にできた時間」が、
とても必要な時間だった。



私は、妊娠中、
ひとつ、
とても引っかかっていて、
切なくて、
どうクリアしたらいいかがわからない事 にぶつかっていた。

お腹の赤ちゃんにさわるからと、
あまり泣いたり考えすぎたりしないようにしたいのだけど、
どうにもこうにも
そのことを考えると、正面からぶつかろうとすると、
涙が止まらなくなる時もあって、

お腹の中の赤ちゃんに、

ごめんね。私が泣いてたらあなたも辛いね。でもこういうお母さんなんだ。ごめんね。
少しずつ強くなれるように、今、頑張ってるからね、ごめんね。

って言い訳しながら泣いていた。


今までは、
いくらだって好きなだけ
一人になれた。


でも、
妊娠している私は、

一人になって、あらゆるものを遮断して、
たった一人、泣きたいときに、

はじめて、
一人にさせてもらえなかった。


お腹の中の赤ちゃんは、
良く動きまわっては、
私を励ましてくれているみたいだった。

けど、
余計にそれが辛かったんだ。



「誰かと本当に分かち合う事」



身をもって体験できたそれは、
けっこう胸が苦しくて
けっこう難しい事だった。


でも、
私も、母のお腹の中に居た時に、
分かち合える喜びを
知ったはずだった。


そっか。

そっか。



大丈夫。





続く☆

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Posted by れいちぇる at 22:04Comments(1)私達のお産

2012年09月04日

私達のお産2


35週。
臨月まであと10日。


私は突然、絶対安静になった。


まだ産休にも入って無かったから、翌日はまほうのしずくにいるはずだったし、
前日は、私にとって三年半のhomeだったSlowCAFEずくなしの移転パーティーで、
「動ける妊婦」なんて、常連さん達と笑って話してたばかりだったのに。



お腹の張りと出血で、早産につながりそうだと。


37週に入らないと、助産所では産めない決まりになっていて、
私は張り止めを飲んで、37週まで家でじっとしてる事になった。


まったくの予定外。


まほうのしずくは、臨月まで行く予定だったので、
引き継ぎはまだ途中だし、もうすぐ1周年の感謝祭を控えていた。

カミュさんに状況を話して、それから進行形の仕事の話しをしようと話し始めたら、

「れいちぇる、こっちは大丈夫だよ。お腹の赤ちゃんが、ママ、そろそろ僕の事だけ考えて!って言ってるんだよ〜。あとは出産まで、ゆっくりしてね。」
そんなふうに言ってくれた。
急な事で困っただろうに。





私のまわりには、とても身近に
「自然出産」という言葉があった。

自宅で無介助でのお産、
自宅で助産師さんとのお産、
助産所で助産師さんとのお産、
海外で無介助でのお産、

病院以外でのお産が、珍しくなかった。


だから私も、ただ自然と、病院以外でのお産にあまり不安が無かったし、なんだか楽しそうでワクワクもしていた。


それに、私のおばあちゃんがお父さんをそうやって産んだように、
私もそうしたかった。



続く☆






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Posted by れいちぇる at 23:07Comments(0)私達のお産

2012年09月04日

私達のお産








病院が苦手な私。


自然なお産がとても身近にあった私。


自然な介助で、スッポ〜ッン!って産まれて来てくれるというイメージだった私。


そうイメージする事で、そうなるんだろうと思っていた私。


うまく弱音が吐けない、長女な私。


点滴に繋がられ、
本当に、無事に生まれてきてくれるんだろうか、と
不安で病院のベッドで丸まって泣いた私。

一人で起き上がる事ができず、
おっぱいを欲しがって泣いている赤ちゃんのもとへ、すぐに行ってあげられない私。


病院を退院の日、
ありがとうでいっぱいで、ナースセンターで涙が溢れた私。





私達、
私と、お腹の中のあさひと、旦那さん。



私達のお産は、
たくさんの方々に関わっていただいた、本当にありがたいお産でした。

☆☆☆




昨年の今頃
妊娠がわかったばかりだった私は、つわりに悩まされながら、
どんな出産をするのか、考えていた。


産後の事を考えると、県外である実家に里帰り出産したほうが、私もみんなも楽なんじゃないか…。

だとしても、助産所がいいな。

んー。


でも…長野に嫁に来たわけだし、長男(直感で)だから長野で産まれたいかも。

自宅出産?借家だし…。じゃあ旦那さんの実家?んー。


んー。



私は、こういう感じで悩んだ時は、だいたい「宇宙あみだくじ」で決める。
(宇宙あみだくじについて知りたい方は、私に会った時にでも是非、質問してください☆)



その結果、


「助産所ほやほや」



彼に話すと、いいじゃんいいじゃん!と二つ返事で賛成してくれた。


まだ胎動も重さも感じないお腹を摩りながら、

私と、
お腹の中の赤ちゃんと、
宇宙さんが、
導いた答えなんだ
という事だけは、
感じてた。



続く☆



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Posted by れいちぇる at 08:04Comments(0)私達のお産